静かに続けてきた学習が、数字として返ってきた
1月11日に受験したTOEICの結果が返ってきました。
スコアは 425点。前回(9月)の340点から、75点の上昇でした。
正直なところ、結果を見て強い達成感があったかというと、そうではありません。英語が「少しはできるようになった」という実感は、今も全くないのです。それでも、この数字は、この数か月続けてきた取り組みが間違っていなかったことを、静かに示してくれているように思えました。
今回のスコア内訳
今回の結果は以下のとおりです。(括弧内は前回)
- Part1:100%(67%)
- Part2:60%(60%)
- Part3:59%(44%)
- Part4:47%(47%)
- Part5:57%(47%)
- Part6:44%(44%)
- Part7A:24%(24%)
- Part7B:24%(12%)
- Listening:270(245)
- Reading:155(95)
Part1は正直、出来すぎだと思っています。一方で、Part7は相変わらず歯が立たず、「課題ははっきりしている」という状態です。
手応えがあったのは Part5
今回、唯一「これは効いたかもしれない」と思えるのが Part5 です。特別なテクニックではなく、過去問ドットコムで同じ形式の問題を繰り返しただけです。
それでも、
- 選択肢を見るスピード
- 文の骨格をつかむ感覚
こうしたものが、以前より少しだけ楽になりました。劇的ではありませんが、確かに小さな変化はありました。
それでも「できる実感」はない
Listeningが上がっても、Readingが伸びても、英語が使える気は、ほとんどしていません。
- 聞こえても意味が取れない
- 単語が瞬時に出てこない
- 話す場面を想像すると不安になる
それでも最近、「分からない理由」が少しずつ見えるようになってきました。
以前は「英語が分からない」と大雑把に捉えていましたが、今は「語彙の不足なのか」「処理の速さなのか」「学習量の問題なのか」と、立ち止まって考えられるようになっています。
これは、学習を始めた当初には感じられなかった変化だと思います。
しばらくTOEICは受けません
今回の結果を受けて、しばらくTOEICは受験しないつもりです。
理由としては、「点数に一喜一憂しないため」「学習の仕組みを優先したいため」と書きましたが、正直に言うと、それだけではありません。私は、TOEICという試験そのものに、どこか拭いきれない違和感を感じています。完全に試験対策として英語を学び続けた先に、「英語で会話ができる自分」の姿が、どうしてもはっきりと描けないのです。
とはいえ、現時点で自分の英語力を客観的に数値化する手段が他に思い浮かばなかったため、TOEICを選びました。あくまで「今どこに立っているのか」を確認するための道具として使った、という感覚に近いと思います。
実際、試験前にはストレスも感じていました。集中力が高まるような前向きで心地よい緊張感ではなく、どこか重たく、気持ちの良くないストレスでした。この感覚は、自分が目指している英語学習の方向性と、TOEICという仕組みとの間に、少なからずズレがあることを示しているのかもしれません。
今は、NHK基礎英語、基礎的な文法の反復、日常の中でのシャドーイングや入浴中の英語といった、淡々と無理なく続けられる形を大切にしたいと思っています。
小さなロックハンマーの一打ち
75点の上昇は、大きな成果とは言えないかもしれません。けれど、同じ場所に立ち続けていたわけではないことを、この数字が示してくれました。英語学習は、壁を一気に壊すものではなく、気づかないほどの小さな欠片が、足元に積もっていく作業なのだと思います。今回のスコアは、その欠片が「確かに増えている」と教えてくれただけで、十分でした。
おわりに
英語ができるようになった実感は、まだ全くありません。それでも、続ける理由は少しずつ増えています。次にスコアを測るとき、また同じ場所にいない自分であることを信じて、今日も淡々と机に向かいます。



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