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還暦からの英語学習 第25週(週末編)

英語学習
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―学習を休んだ2日間で見えた、本当の課題―

英語学習を始めてから25週目に入りました。

この週末、私が気づいた本当の課題はシンプルでした。
続かない原因は努力不足ではなく、「やり方の設計」に問題があるということです。

やることを増やしすぎれば、どこかで必ず崩れます。
そして一度崩れると、立て直すのに大きなエネルギーが必要になります。

3月の週末、私はこの2日間を、日常とは少し違う時間として、自分の中に静かな喜びを染み込ませるような時間にしたいと考えていました。
しかし、その考えは良い意味で裏切られることになりました。


想定外から始まった運営

今回参加したのは、一泊二日の研修会です。しかも参加者ではなく、運営スタッフとしての参加でした。

もともとスタッフの人数は多くありませんでしたが、直前になって3名が欠席となり、残されたメンバーに負担が集中しました。私は司会を担当していましたが、それに加えて時間管理や会場設営、空調の調整、講演の補助と、次々に役割が回ってきました。

これはかなり厳しいと感じながらも、運営側としては止めるわけにはいきません。目の前の業務を一つひとつこなしていくしかありませんでした。

司会については、事前にAIでシナリオを作成し、繰り返し読み込んで準備していました。そのため、予定通りの進行については大きく崩れることはありませんでした。しかし当日、講師の方が急遽欠席となり、進行は大きく変わりました。そこからはアドリブでの対応が続くことになりました。


失われていく視野

アドリブになると、言葉が思うように出てきません。言い間違えや言い直し、言葉に詰まる場面が増えていきます。一度や二度であれば笑って済ませることができますが、それが重なるにつれて、場の空気が微妙に変わっていくのを感じました。これは良くないと頭では理解しているのに、うまく立て直すことができませんでした。

今回の司会は2回目です。昨年、初めてこの研修会で司会を担当しました。あの時は余裕などなく、ただ必死に進行を追いかけていた記憶があります。しかし振り返ってみると、参加者の皆さんの反応を感じ取りながら、その場の流れに乗っていたように思います。多少のミスがあっても、それを含めて場の一体感の中で受け止めることができていました。

しかし今回は違いました。目の前の進行を落とさないことに精一杯で、次に何を言うか、時間が押していないか、進行に抜けがないか、その確認ばかりに意識が向いていました。その結果、参加者の反応に目を向ける余裕がなくなっていたのです。

気がつけば、私はその場に関わっているのではなく、与えられた役割をただ処理している状態になっていました。ここに、昨年との決定的な違いがあったと感じています。


見えてきた違和感

もう一つ、はっきりと感じたことがあります。それは、自分の役割が少しずつ重くなっていることです。現在はオンライン運営や会計、さらには副代表といった役割も担っています。この流れのまま進めば、さらに中心に近づいていくことになります。

しかし、その方向には違和感がありました。関わることと、背負うことは違うのではないか。このままでは、継続そのものが難しくなるのではないかという感覚がありました。

この活動自体は価値があると感じていますし、関わり続けたいとも思っています。しかし、自分一人で抱え続けるのではなく、役割を分散させ、後継者を育てていく必要があると感じました。仕組みとして回る状態にしなければ、長く続けることはできません。

この2日間、英語学習と読書は行えませんでした。これまでであれば、学習が止まってしまったと焦りを感じていたと思います。しかし今回は、少し違う見方ができました。

学習の時間が取れなかったのではなく、そもそも学習に使える余力が残っていなかったのだと感じたのです。運営で神経を使い続け、判断や気配りを重ねていくうちに、気づかないうちにエネルギーを使い切っていました。その状態で無理に学習を続けようとしても、集中できず、かえって質の低い時間になってしまいます。

つまり、止まったのは学習そのものではなく、学習を支える余力の方だったのだと理解しました。

昔、何かの本で、物事を続けるためには「スタートモチベーション」と「継続モチベーション」の両方が必要だと読んだ記憶があります。

当時は、どちらも「やる気」の問題だと理解していました。しかし今回の経験を通して、その捉え方は違っていたのではないかと感じました。

継続モチベーションとは、気持ちで維持するものではなく、余力を前提にして無理なく続けられる仕組みを作ることなのではないか。そう考えるようになりました。

やる気で乗り切るのではなく、続けられる状態を設計すること。それが結果として継続につながるのだと感じています。


続けるための再設計

今回の経験を通じて、あらためて確信しました。やることを増やしすぎると、継続は崩れるということです。英語学習も同じで、やる気があるとつい多くを求めてしまいますが、それは長くは続きません。

当初は、静かに満たされる時間を想定していました。しかし実際には、現実の負荷と向き合う時間となりました。そして、その中で見えてきたのは、このままでは続かないという構造そのものでした。

さらに感じたことがあります。

頭では「やり方を変える必要がある」と理解していても、感情はすぐにはついてきません。うまくいかないと焦り、不安になり、これまでのやり方に戻ろうとする自分がいます。

それでも、その感情ごと含めて続けられる形にしていく必要があるのだと感じました。

だからこそ、これからはやり方を変える必要があります。やることを増やすのではなく、やらないことを決める。そして、無理なく続けられる形に再設計することです。

続けるためには、努力だけでは足りません。設計そのものが必要なのだと、今回あらためて実感しました。

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