〜〜〜有限性を引き受けて、歩いて、叩いて、配置していきます〜〜〜
21.7キロを、自分の足で歩く、練習会に参加。
今週末練習会に初めて参加して、自分の足で21.7キロを歩きてきました。所要時間は4時間25分。1キロ12分台のペースを意識し、トイレ休憩以外は立ち止まることなく、他の方と同じように歩き続けてみました。
正直に、かなりきつい行程でした。20キロを過ぎたあたりから、脚ははっきりと重くなり、「ここが今の自分の限界なのだな」という感覚が、静かに身体を満たしていきました。
5月には、100キロウォーキング大会に申し込んでいます。しかし、この日のゴール地点に立ったとき、「100キロなんて本当に完歩できるのだろうか」という不安の方が、正直なところ勝っていました。同じ行程を歩いていた周囲の方々は、私の目には、ずいぶん余裕をもって歩いているように見えました。練習が足りない。そんな言葉が、自然と頭をよぎります。
この日のウォーキングは、天候にも恵まれませんでした。前日までの穏やかな陽気とは一転し、日差しのない低温。日中でも気温は上がらず、上着は一度も脱ぐことができませんでした。手もかじかんだままでしたが、それでも歩みを止める選択はしませんでした。
歩き終えたあと、椅子に腰かけて少し休みましたが、脚の辛さは元には戻りませんでした。「休めば回復する」という段階は、すでに越えてしまっていたのだと思います。この感覚もまた、一つの事実として、身体に刻みました。
今の自分の現在地を知る
今回の練習会を通じて、いくつかの学びがありました。
休憩を取らずに歩き続けられる距離は、現時点では20キロが限界であること。少なくとも今回の歩き方のままでは、100キロを完歩するのは難しいということ。そして、足の辛さは休憩を挟んでも完全には回復しない、という現実です。また、靴や紐の締め方一つで、簡単にマメができてしまうこと。その一方で、翌朝には日常生活に大きな支障が出ない程度の回復力は、まだ保たれていることも分かりました。
これは、失敗ではない、ただ、「今の自分がどこに立っているのか」を、はっきりと確認できただけのことだと考えています。
私が大切にしているロックハンマー思想とは、派手な成果を誇ることではありません。事実を一つひとつ受け取り、それを静かに積み上げていく姿勢のことだと考えています。
歩きながら、英語を口にする
歩いている間、英語のシャドーイングもしていました。長い距離のウォーキングは「誰かと話しながら歩いた方がよい」というアドバイスもいただきましたが、今の私には、無理に誰かと会話をする必要は感じませんでした。英語学習も、ウォーキングも、結局は「自分のリズム」を見つけていく営みなのだと思います。しかし、どちらも、努力がすぐに成果として現れるものではありません。うまくいかなかった感覚だけが、静かに残る日もあります。
そんな一日の終わり、布団に入ってから、私は哲学書を開くようになりました。その時間帯に必要なのは、解決策ではなく、「そういう一日もある」と、そのまま引き受けるための言葉だからです。
寝がけに読む哲学書は、前に進むためのものではありません。今日という一日を、無理なく終わらせるための読書です。
エピクトテスと「有限性の自覚」
最近、ストア派哲学者エピクトテスの言葉に触れています。その中で、特に心に残っているのが、「有限性の自覚」という考え方でした。人は、すべてを先送りにできるわけではありません。体力にも、時間にも、そして選択肢にも、限りがあります。私は、次のように考えるようになりました。
有限性を理解した上で、行くことを決める。その代償は、これからの労働と創造によって回収を試みる覚悟を持つ。そして、決して言い訳をしない。
これは、100キロウォークだけの話ではありません。夏に予定している短期語学留学も、英語学習そのものも、同じ姿勢で向き合っていきたいと考えています。
小さくても、発生する仕組みを持つ
それらの費用を捻出することもあり、最近は「月5万円ほどの小さな収入を生む仕組みを作りたい」と考えるようになりました。大きな事業を目指しているわけではありません。生活を一変させるものでもありません。ただ、労働と創造の結果が、わずかでも形となって返ってくる。そんな仕組みを一つ、持ちたいのです。
それが、退職後の不安をすべて消し去る魔法になるとは思っていません。けれど、「収入が発生する仕組みを一つ持っている」という事実は、確実に心を落ち着かせてくれるのではないかと感じています。
第18週・週末を終えて
今週末の21.7キロは、完璧な成功でも、失敗でもありませんでした。ただ一つ、確かなことがあります。私は今日も、ロックハンマーを一打、入れました。壁は、まだ崩れていません。けれど、叩いた位置は、もうはっきりと分かっています。
淡々と、粛々と、そして、次の一打に向かいましょう。


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