お薦め記事

2025年を振り返って

英語学習

――小さな喜びを、心に刻み続けた一年

2025年9月のある日の夕方、週一回ほど通っているプールで、クロールで25メートルを泳ぎ切りました。途中で立ち止まらず、息を整えながら、ただ前に進くことだけを考えていました。ゴールに手が触れたとき、達成感よりも先に、「ああ、続けてきてよかった」という静かな感情が胸に残りました。

この一年は、まさにこの25メートルのような時間だったと思います。一気に何かを成し遂げたわけではありません。ただ、やめずに続けてきました。


計画よりも、日々の選択が教えてくれたこと

2025年の当初方針は、「人生を豊かに生きる、自分の心を喜ばせる」でした。
英語学習を続けること。
日記を書き、自分の気持ちを言葉にすること。
ウォーキングや水泳で体を動かし、哲学書を読みながら考える時間を持つこと。

一方で、海外旅行など、少し背伸びをした計画もありました。しかし実際に選んだのは、友人との山形への温泉ドライブや、家族との北海道旅行でした。計画どおりではありませんでしたが、その時々の自分が無理なく選んだ行動だったと思います。振り返ってみると、ひとりで遠くへ行くよりも、身近な人と時間を共有する選択をしている自分がいました。


できなかったことを、静かに受け入れる

今年は、やろうと思ってできなかったことも少なくありません。途中で手放した取り組みもありました。けれど今は、それらを無理に「失敗」とは捉えていません。体調や気力、生活リズムを考えたうえで、その時点の自分に合わなかっただけだと思えるようになりました。

若い時と異なり、できなかったことよりも、小さくても続いたことに目を向けられるようになったようです。それ自体が、今年の収穫だったのかもしれません。


静かに積み重なった日常

特別な成果があったわけではありません。それでも、確かに続いていた習慣があります。

仕事の前後や休日に歩いたウォーキング。プールに通い、少しずつ距離を伸ばしていった水泳。
就寝前、寝際に開いた哲学書。そして、感じたことを淡々と書き留める日記。

英語学習も、目に見える成果はまだわずかです。それでも、「今日はこれだけ」と決めて向き合う時間を積み重ねてきました。

これらはすぐに結果が出るものではありません。しかし、考える時間と整える時間が日常の中にあることが、自分の軸を静かに支えてくれているのではないかと感じています。


内面の変化に、あとから気づく

年末には、映画館で作品を観ました。映像の美しさを楽しみながらも、物語に含まれる暴力的な展開に、以前には覚えなかった違和感を感じました。前作を観たときには、そこまで気にならなかったはずです。

哲学書を読むようになり、「何をよしとするのか」「なぜそう感じるのか」を考える時間が増えたせいかもしれません。自分では意識していなかったところで、感じ方や価値観が少しずつ変わっていたのでしょうか?後から気づかされたように思えます。


年の終わりに思うこと

年末には、家族と食卓を囲み、友人たちと集まる時間もありました。笑い声に包まれながら、今の自分が立っている場所を、少し離れたところから眺めるような感覚がありました。夢や目標について、人に語りすぎてしまった場面もあり、反省することもありました。
それでも今は、声高に語るより、静かに続ける方が自分には合っていると思えます。


ロックハンマーのように

映画『ショーシャンクの空に』に登場するロックハンマーは、一度で壁を壊す道具ではありません。長い時間をかけて、少しずつ壁を削っていきます。

英語の一文。日記の一段落。ウォーキングの一歩。プールでの一往復。それらを積み重ねることで、気づけば、かつて身動きが取れなかった場所から、少し自由に近づいている。

2025年は、そのハンマーを手に取った一年でした。来年もまた、手放さずに使い続けていきたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました