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週末の記録|回復の実感と、続けるということ

英語学習

土曜日の朝、思っていた以上に身体は軽く感じられました。
先週の40kmウォークで痛めた足裏のマメもすっかり回復し、腰の違和感もありません。

「あれだけ歩いたのに、ここまで戻るのか」

そんな実感とともに、これまで整備工場に任せていた作業を、自分でやってみることにしました。
冬用タイヤから夏用タイヤへの交換です。物置からタイヤを運び出し、一本ずつ所定の位置に置き、ジャッキアップして交換していきます。単純な作業ではありますが、四本すべてを終える頃には、自然と汗がにじみました。

それでも、不思議と疲労感はありません。むしろ、身体がよく動いているという感覚があります。

以前であれば、この作業だけでぐったりしていたはずです。40kmを歩いた経験が、確実に身体の土台を変えている。そう思えるひとときでした。

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家族と過ごす時間

午後は、父と一緒に母の見舞いへ向かいました。病室に入ると、これまで付けられていた機器は外されており、ひとつの山は越えたのだと感じられました。ただ、母はまだ自分で身体を動かすことができません。これからの回復には、相応の時間がかかりそうです。できるだけ穏やかに過ごしてほしい。その一方で、もう一度、自分の足で立ち、家に戻る姿も見たい。そんな思いを抱えながら、静かに時間を過ごしました。

翌日、再び見舞いを終えた帰り道。妹も合流し、三人で食事をすることになりました。こうして三人で杯を交わすのは、初めてだったかもしれません。父は嬉しそうに酒を飲み、頬を赤らめながら話を続けていました。その様子を見ながら、この何気ない時間の大切さを感じていました。

特別なことはなくても、確かに心に残る時間があります。

続かない理由と、続けるための方法

日曜日は、研修会に参加しました。テーマは「信念」。 話を聞きながら、かつての自分の姿が重なりました。本を読んで感化され、やろうと決める。けれど続かない。そしてまた別の本を手に取り、同じことを繰り返す。そのたびに、「できなかった自分」だけが積み重なっていく。そして気づかないうちに、そうした繰り返しが“負け癖”のようなものになっていく――そんな話が、講師の言葉として印象に残りました。

当時は、意志が弱いのだと思っていました。けれど今は、少し違う見方をしています。続かなかった理由は、意志の問題ではなく、「続けるための方法」を知らなかったからではないか。

方法がなければ、どんなに良い話を聞いても、それは一時的な感情で終わってしまいます。この構造は、英語学習にもそのまま当てはまります。

つながっているものと積み重ねの先にあるもの

家族と過ごす時間と、学びの中で得た気づき。一見すると別の出来事のようですが、
どこかでつながっているように感じます。人はいつか終わりを迎える。だからこそ、日々をどう積み重ねるかが問われているのだと思います。

派手な変化ではありませんが、確かに積み重なっている感覚があります。

大きなことを成し遂げるために、力を抜いて取り組んでいる人はいないと思います。ただ、小さなことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だと感じています。—イチロー

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